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往診日記DIARY

1.最後のメッセージ

 

「口から食べられなくなった時が命の終わり」太古よりごく当たり前のこととして受け入れられてきた自然界の摂理に、いま微妙な変化が生じている。背景にあるのは胃瘻をはじめとした最近の栄養管理の進歩である。もちろん恩恵を受ける人もいれば、あらたな選択肢に戸惑う人もいる。

90歳を目前にしたAさん。長年にわたり、脳梗塞、糖尿病など重い病気と闘ってきた。このところ飲み込みが難しくなり、誤嚥性肺炎で入退院を繰り返している。胃瘻の説明も受けたが、「今さら胃に穴なんか開けたくない。このまま死んでもいい。入院も絶対したくない」。対応に困った家族から相談を受けた。私は標準的な栄養方法についてAさんと家族に説明した。家族の選択は、「本人が望むのなら自然な形で最期を迎えさせてやりたい」。1500mlの末梢点滴と楽しみ程度の経口摂取を続けることとなった。ゼリーを一口飲み込むのも命がけ。それでもAさんは必死に口を開けた。「本人が欲しいというものを与えないわけにはいかない」と、家族もそれに応じた。時に両手を押さえられながら吸痰を受ける場面も。見るに忍びなかった。しばらく38度台の熱が続いた。

「人が自然に死ぬということがこんなに大変だとは思わなかった」ふと家族の口から出たその一言がとても印象的だった。自然を貫くより医学の進歩に身をゆだねる方が実は楽なのかもしれない。その数日後、Aさんは自宅で亡くなった。亡くなる前日、彼は往診を終えて帰ろうとする私の手を握ってしばし離さなかった。絞り出すような声で「あ・り・が・と」。彼が最期に伝えたかったメッセージは何だったのだろう。

 画 植田映一 尾道市向島在住

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