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往診日記DIARY

32.患者の意向

以前、このコーナーで「菓子パンの大好きなおばあちゃん」を紹介した。毎日のヘルパー訪問など最大限の介護サービスを利用しながら、何とか一人暮らしを続けている。食べることが大好き。特に菓子パンには目がない。ところが、次第にその食事が喉を通らなくなってきた。肺炎などで入退院を繰り返すうち、徐々に体力も低下。大好きなパンで細々と命をつないでいるものの、彼女が望む自宅での療養はかなり難しい段階に入っていた。

そんなある日、彼女の身に異変が・・・。定期診察に訪れた私がいきなり目にしたのは、何かを喉に詰まらせ、苦しそうに喘いでいる彼女の姿。応急処置を行いながら救急搬送し、一命は取り留めたが、そのまま入院に。その後も呼吸状態が安定しないため食事を摂ることができず、24時間かけて点滴を受けている。

「家に帰りたい」という彼女の強い意向を受け、入院先の病院でカンファランスが開催された。この先、病状の回復を期待するのは難しい。主治医は彼女の意向を尊重し、退院に向けたあらゆる可能性を共に探ってくれた。在宅スタッフの心境は複雑だ。彼女の意向を大切にしたい半面、急変時の対応など不安もいっぱい。遠方にいる家族からは一切連絡がない。慎重に議論を重ねたうえで私たちが出した結論は「入院継続」。彼女には申し訳ないが、それは暗に在宅療養の打ち切りを意味するものだった。

カンファランスが終わり、彼女の病室を訪れた。「先生、迎えに来てくれたんじゃね。

ありがとう」と、はじめは笑顔で応対してくれたが、どうも違うらしいことがわかり表情が強張った。食べることが生きがいの彼女は胃瘻などの処置を希望しない。点滴も大嫌い。彼女が恨めしそうに指差した先には「絶飲食」と書かれた札。「死んでもいいから家に連れて帰って」。涙ながらの訴えに私は返す言葉もなく、後ろ髪を強く引かれる思いで病院を後にした。

「患者の意向」。それは、治療方針を決定する大きな拠り所となる。しかし、医学的判断との大きなずれや社会的、倫理的な問題に悩まされるケースも。こんな時、私たちは「患者の意向」にどう向き合うべきだろうか。

 画 植田映一 尾道市向島在住


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