80歳代のある女性。認知症のため会話が通じなくなって久しい。その女性があらたに「がん」を発症した。認知症の患者さんは症状をうまく伝えにくいこともあり、がんが発見された時点ですでに末期という場合が少なくない。彼女もそんな一人だった。
「最期まで家で過ごさせたい」という家族の強い思いから私たちの在宅医療が始まった。「何か辛いことがありますか」の質問に、彼女は決まって「何ともないです」。そう言いながらも眉間にしわが目立つようになった。鎮痛剤を増やしてみたものの効果はなく、この「眉間のしわ」が家族や私たちスタッフを悩ませた。
「母は、本当は苦しいのではないでしょうか」と心配そうに娘さん。「認知症の人は痛みを感じないと聞いていたのですが・・・」。
たしかに、認知症の患者さんが痛みを強く訴えることは少ない。それは「感じない」のではなく「伝えられない」からかもしれない。痛いのは「身体」ではなく「心」なのかもしれない。それらを表情から読み取るには限界がある。認知症の患者さんの痛みの評価が難しいことをあらためて思い知ることとなった。
家族には「ご本人の言われる通り痛みは感じられていないと思いますよ」と伝えながら、患者さんには、心の中で「違っていたらごめんなさい」。
娘さんはいくらか安心した様子。その横で、一生懸命、妻の眉間のしわを伸ばそうとしているご主人の姿。
「苦しませたくない」。彼女を思う家族の心情が切々と伝わって来る。
画 植田映一 尾道市向島在住
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