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   在宅医療専門

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往診日記DIARY

8.愛犬と

 

 福山で在宅医療を始めて早いもので1年が経過した。家のもつ大きな力を感じる一方、やはり病院にはかなわないと思うことも多い。家と病院のあいだで揺れ動く患者さんやご家族の心境に、私たちはどれだけ寄り添えるのだろうか。

ある日、高齢の男性患者さんの自宅で、残された時間をどのように過ごすかを話し合う大切な面談が行われた。がんがすでに全身に転移し、病状は急速に悪化していた。これまで何とか通院しながら治療を続けてきたが、ほとんど寝たきりとなり私のクリニックに往診を依頼されたのだった。このまま在宅継続か入院か、患者さんとご家族は重い選択に直面していた。ケアマネや訪問看護ステーションのスタッフもこの面談に加わってくれた。詳しい病状や今後の見通しを先にご家族に説明し、ご本人にはややオブラートに包んでお伝えした。この先どのような過ごしかたがいいのかみんなで真剣に考えた。ご家族は終末期の介護に不安を感じながらも、最期は本人の望むようにしてやりたいという思いで一致。「お父さんはこの先どうしたい?」キーパーソンである娘さんの質問に「○○(愛犬の名前)の声を聞きながら寝ていたい」。患者さんのその一言で方針は決まった。

ご家族と愛犬、そしてスタッフによる懸命な手当てで、患者さんに久しぶりの笑顔が戻った。しかし、いい時間は長くは続かなかった。面談から数日後、すでに体力は限界に達し、いよいよ最期の時を迎えようとしていた。沈痛な面持ちでベッドを囲むご家族や親戚。その時だった。人の間をすり抜けるように愛犬がベッドに飛び乗り、そして、ご主人に熱く長い口付をした。ご主人も精いっぱいの笑顔で応じた。この一瞬の出来事に涙で湿りがちだった部屋はしばし笑いに包まれた。身近な人々の涙と笑いの中で、患者さんは愛犬に添い寝されながら静かに息を引き取った。家で亡くなるのがごく当たり前だった半世紀前までの日本では普通に見られたであろうこんな光景が、いまではとても貴重なものに思われた。


 画 植田映一 尾道市向島在住

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