「私の胃瘻を外してください」。ある患者さんからこんな注文をいただいた。
脳性麻痺などで在宅療養中の70歳代の女性。近くの医療機関に通院していたが、1か月前から食事が摂れなくなり、背中に褥瘡ができたとのことで家族より往診依頼があった。伺ってみるとかなりぐったりした様子で、問いかけに反応はなかった。その場で入院を勧めた。病院で精密検査を受けたが結局原因がはっきりせず、家族の同意で胃瘻が造られ退院となった。
胃瘻からの栄養が始まり、彼女は見違えるように元気になっていった。褥瘡もきれいに治った。それから1か月ほど経った頃、私は初めて彼女の声を聞いた。意外におしゃべりだった。家族によると半年ぶりに口を開いたとのこと。「胃瘻の力」を思い知らされた。「元気な頃の妻に戻ったよう」と家族は大喜び、おそらく本人も喜んでくれていると思っていた矢先、彼女の口から意外な言葉が飛び出した。「私は胃に管を入れてくれと頼んだ覚えは一度もない」。周囲は皆唖然としたが、確かにその通りだった。「こんな管で生かされているのは耐えられない」。彼女の真剣な訴えに、私たちは返す言葉が見つからなかった。
このところ胃瘻造設を受ける患者さんが増えている。口から食事が摂れない場合の有用な栄養法のひとつである。だが、本人の意向に基づいて造られるケースがどれくらいあるだろうか。多くの場合、本人の意思確認が困難なため、家族と医療者で方針が決定される。「胃瘻がないと施設が受け入れてくれない」という何とも不条理な理由で造られるケースがあるのも事実である。
今日も胃瘻の患者さんを何名か診察した。彼らは果たして今の治療を良しとしてくれているだろうか。胃瘻の問題を、元気なうちにもっとみんなで考えてみよう。
画 植田映一 尾道市向島在住
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