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往診日記DIARY

15.言葉

 

 「大往生」医療者が家族に対して使ってはいけない言葉のひとつとされる。大往生には「十分に寿命を生きた」という意味が込められている。本人や家族が言うのならともかく、他人が「おじいちゃん、大往生でしたね」と言うのは確かに失礼な話だ。が、私は何度か言ってしまった。

「老化現象」「歳のせい」これも同様である。「頭がクラクラする、脛が痛い、オシッコがすっきり出ない、胸がせつい・・・」と不定愁訴を並べる患者さんに対して、私たちはついこの言葉でとどめを刺そうとする。しかし、これを言うのは並みの医者、患者さんの口から言わせるのが名医だと教わった。確かに傾聴を心がけると、自然に患者さんのほうから口にしてくれる。その時の表情は実に穏やか。私たちも、結果的に不定愁訴から早く解放されることに気付く。それに味をしめていると一枚上手がいた。「先生は私の口から歳のせいだと言わせたいんでしょう。顔にそう書いてあるわ」

 先日往診に伺ったある終末期患者さんの自宅でのひとこま。患者さんはすでに脈が触れず、下顎を使った呼吸になっている。ベッドサイドで家族を前に説明した。「すでに昏睡状態です。今日が山だと思います」家族から葬儀屋に連絡をとるタイミングなどの質問を受け、丁寧に返答した。帰り際に「意識がなくなっても耳だけは最期まで聴こえると言われています。普段通りに接してあげてくださいね」と付け加えた後に「しまった」と思った。終末期には家族ケアの一環としてよく用いられる言葉だが、本当に耳が聴こえていたら、先ほどの私たちの会話をどんな思いで聴いていたことだろう。家族も間が悪そうに「そうなんですね」と苦笑した。

 「言葉」の使い方は難しい。気の利いた言葉を使おうとするとなおさらである。患者さんのお宅で、今日もまた失礼なことを言っているのかもしれない。

 画 植田映一 尾道市向島在住

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