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往診日記DIARY

27.涙の意味

がんの末期、Aさんはほとんど意識のない状態で病院を退院し、家に帰って来た。

その3か月前、急性期病院でいきなり進行がんの診断を受けたAさん。抗がん剤による治療を勧められたが、残された時間を自宅で過ごしたいと自ら退院を希望した。しかし、日々弱っていくAさんを家に連れて帰ることに強い不安を抱いた家族は彼女を懸命に説得。治療に一縷の望みをつなぐことになった。

抗がん剤の治療が始まって間もなく、Aさんは強い嘔気に見舞われた。食事もほとんど摂れなくなり、一段と衰弱が進んだ。抗がん剤は中止となったが、とても自宅で療養できる状態ではなく、慢性期病院に転院となった。

その病院ではスタッフが親身になって家族の相談に乗ってくれた。「本人が家に帰ることを望んでいるのなら、一度連れて帰ってみては」。その一言が揺らぐ家族を後押しした。

退院に向け、急ピッチで準備が進められた。Aさんに久しぶりの笑顔が戻った。しかし、病魔はその間も容赦なく彼女の体力を奪っていった。

待ちに待った退院の日、Aさんはすでに深い眠りに入っていた。それでも家族に迷いはなかった。「今度こそ家へ」。抱くようにしてAさんを連れ帰った。「家に帰れば、ひょっとすると・・・」。そんな期待を込めた家族の懸命な看護にも、残念ながらAさんの意識が戻ることはなかった。

亡くなる前の晩、Aさんの目から幾筋かの涙がこぼれた。それを見た家族は「お母さん、ごめん。あの時、私たちが抗がん剤の治療を選ばなかったら・・・」と自分たちを責めた。もし、涙に意味があるとすれば、それはAさんから家族に向けた精いっぱいの「ありがとう」に他ならない。



 画 植田映一 尾道市向島在住

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