患者さんと時折「あの世」の話をすることがある。「あの世」での約束をして、旅立っていく人もいる。
80を迎えたばかりのあるお爺ちゃん。目標は100歳。身体はボロボロながら、明るくて負けん気が強い。初めて診察に伺ったとき、彼の口からいきなり暴言(?)が飛び出した。ツルツルの頭をなでながら「80になってもまだまだ赤ん坊。先生と同じで、髪の毛が生え揃わん」。私はムッときたが、まわりはクスクス。お爺ちゃんとの付き合いはそれから数カ月に及んだ。酸素チューブを鼻に当て、喉をゼーゼー鳴らしながらも、いつも私たちを笑わせてくれた。
重い肺炎を併発したとき、彼はさすがに何かを感じたのか、私の顔をじっと見つめ、「あの世はハゲがもてるそうな」。その頃から、彼と私の「あの世」の話が始まった。どちらかには楽しい話題が多かったが、ある日、微笑みながら「そんなことでも考えんとやっとれんのでぇ」。お爺ちゃんの心の内が伝わってくるようだった。
亡くなる前の日、茶目っ気たっぷりのいつもの笑顔で「あの世でもまた主治医になってくれるかのー」。二人の目が潤んだ。しっかり手を握りしめた。それがこの世での最後の約束となった。
死に向かって、何がしかの望みをつないでくれるのが「あの世」の存在。縁起でもないと思われるかもしれないが、「あの世」の話をするときの患者さんの表情は不思議なくらい穏やかだ。
誰もが、いずれ死を迎える。私自身、若い頃は聞き流すことが多かった「あの世」の話。最近、印象に残った言葉は書き留めるようにしている。私のための「あの世のガイドブック」になれば・・・と半分真面目だ。
もうすぐお盆。久しぶりにご先祖さまが帰って来る。「あの世」の様子などを伺ってみるのはいかがだろう。
画 植田映一 尾道市向島在住
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