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往診日記DIARY

42.小さなゼリー

 
 80歳代のおしどり夫婦。妻が脳梗塞で倒れ、寝たきりとなった。食事を摂ることができなくなり、胃ろうがつくられた。病院から介護施設に移った後も、夫は毎日、妻の許に通い続けた。

「家に連れて帰りたい」。ある日、夫は素直な気持ちを担当スタッフに打ち明けた。私のクリニックに往診の依頼が舞い込んだ。長年炭鉱で働いてきた夫。見るからに力は強そうだが、細やかな作業は向きそうにない。はたしてこの男性に妻の介護ができるだろうか。失礼ながら、それが私の夫に対する第一印象だった。「家で1か月がんばったら、また施設に戻ろうね」。そんな約束をして、訪問診療を引き受けることにした。

胃ろうからの栄養剤や薬の注入、着替え、おむつ交換・・・。夫は慣れない手つきで、懸命に妻を介護した。体の向きを変える際、勢い余って妻の頭をベッド柵にぶつけることも。妻は、そんなときも笑顔を忘れなかった。

家に帰って1年が経過した。「何か口から食べれんじゃろうか」。夫の素朴な問いかけを、歯科のスタッフがしっかりキャッチした。自宅で飲み込みの検査が行われ、専門チームによる「食べるリハビリ」が始まった。慎重に一口、二口・・・。わずかな量ではあるが、妻は「味わう」喜びをかみしめた。

半年くらい経った頃、そのリハビリは夫に引き継がれた。大きな手にスプーンを持ち、妻の口に少しずつゼリーを運ぶ。笑顔で語りかけながら、30分かけて小さなゼリーを1個。栄養としては微々たるものの、そこに込められた夫の愛情は計り知れない。

秋の夕陽がふたりを優しく照らす。ほのぼのとしたその情景にふたりの人生が映し出される。

このところ、胃ろうへの風当たりが厳しい。こんな胃ろうなら、あってもいいのではなかろうか。

 画 植田映一 尾道市向島在住

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