昭和30年頃、中学校の放課後のグランドで二人は出会った。サッカー部の彼とテニス部の彼女。互いにボールを追ったその先に、相手がいた。彼の一目惚れだったようだ。中学を卒業し、二人は故郷を離れてそれぞれの道を歩んだ。何年かぶりに同窓会で再会。彼の想いが彼女に届き、ほどなく二人は結ばれた。
社宅を転々とした後、念願のマイホームを購入。生活は楽ではなかったけれど、笑いの絶えない温かい家庭を築いた。
あっという間に定年を迎え、二人でゆっくり庭いじりでも・・・と思っていた矢先に、妻の物忘れが始まった。やがて、庭を徘徊する妻を見て、「広すぎると思っていた庭が、いい遊び場になった」と、夫は微笑みながら振り返る。
若い頃、給料日前になると一尾の魚を二人で分け合って食べた。いつの間にか、一つの皿を仲良くつつきながら食事をするのが二人の習慣になった。認知症が進み、言葉を失った今でも、妻はデイサービスでの一人の食事の時、魚なら半身を必ず夫のために残すという。
その夫が、数年前、妻と同じ病気にかかった。自らが介護される身にありながら、夫は懸命に、寝たきりの妻を自宅で介護してきた。そんな二人をヘルパーが、そして地域の人々がやさしく見守る。
ある日、私の往診にあわせて親戚が訪れた。夫婦そろって施設に入居するよう勧められたが、「苦労して手に入れたマイホーム。ずっと、ここで女房の世話をしたい」。そう答える夫の目に涙がうかんだ。
中学校のグランドを駆ける二人の姿に思いをはせる。せめて、夫の記憶が保たれている間、このささやかな生活が続くようにと願わずにはいられない。
画 植田映一 尾道市向島在住
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