「家族に迷惑をかけたくない」。
自宅で療養している多くの患者さんが口にする言葉だ。
ある熟年夫婦。末期がんで入院中の妻を、その手を引くように夫が自宅に連れ帰った。
これまで妻は、パートのかたわら一人で家事を切り盛りしてきた。掃除、洗濯、炊事・・・。今は夫が担う。それを横目で見るのが、妻にとって何より辛かった。
病状が進み、今まで出来ていた身の回りのことが一つずつ出来なくなる。それでも、トイレにだけは何とか一人で這って行った。
しかし、長くは続かなかった。夫に下の世話をしてもらう恥ずかしさと悔しさ。夫へのありがたさを感じる余裕は、その時、妻にはなかったかもしれない。
夫は懸命に妻を介護した。無口で不器用だが、その分、夫の「思い」は手を通してじんわり伝わってきた。その「思い」が妻にはうれしくもあり、同時に、大きな心の負担となっていった。
遠くに住む娘たちから、何度か入院の話が出た。しかし、夫はその都度「家でみる」を貫いた。「これまで妻には苦労をかけっぱなし。せめて恩返しがしたい」。
そんなある日、「入院したい」。妻は私たちスタッフにそっと胸の内を明かした。「一度ご主人に相談してみたら」と提案したものの、「一生懸命尽くしてくれる夫の姿をみると、その言葉を口にすることはできない」と妻。私たちが夫に伝えるべきなのか。夫の気持ちを考えると、私たちにもそれはできなかった。
結局、妻は自宅で夫に看取られた。最期の時、妻の瞼から涙がこぼれた。
妻の思い、そして夫の思い。その狭間で私たちに何ができたのだろう。
画 植田映一 尾道市向島在住
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