介護施設に入居している90歳代の男性。
よたよた歩きで、たびたび転倒し、身体にあざが絶えない。もの忘れが進み、とんちんかんな受け応えも多いが、それがかえって周りの空気を和やかにする。そして、彼の最大の魅力は笑顔。笑うと顔全体に愛くるしいしわが入る。その笑顔で「ありがとう」と言われると、スタッフの疲れはいっぺんに吹き飛んでしまう。
そんな彼に、ある日小さな異変が起こった。涙を流しながら、「私は人殺し」。はじめは意味が分からなかった。認知症が新たな段階に入ってしまったのかと勘ぐった。
彼はうつむきがちにゆっくりと語り始めた。太平洋戦争中、兵士として戦地に赴いた彼は必然的に敵国の兵士をあやめた。それも一人や二人ではない。命乞いをするアメリカ兵の胸を突いたことも。今でもその光景が頭に浮かび、悔恨の念に眠れない夜があるという。私は思わず彼の腕に目を向けた。この細い腕で、こんなやさしい笑顔で、はたして人を傷つけられるものだろうか。
戦後70年。戦争は遠い昔の出来事になりつつある。しかし、その生々しい記憶は私たちの身近なところに今も生き続けている。
認知機能が低下し、小さくなってしまった彼の記憶箱。その中から、あの忌わしい出来事が消えることはないのだろうと思うと胸が痛む。
残念ながら、世界中で戦闘が絶えない。中東、ウクライナ・・・。それに合わせるかのように、わが国でも、憲法9条の改正をめぐる議論が活発化しようとしている。
当然ながら戦争によって多くの尊い命が失われる。同時に、こんな善良な人をも「人殺し」にしてしまう戦争の恐ろしさに、私たちはしっかり目を向けるべきだと思う。
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