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往診日記DIARY

50.あるカップルとの別れ


私の往診先に、年を重ねるごとに味わい深まるカップルがいる。

ある80代の老夫婦。二人暮らし。もの忘れが進んでいるわりに身体は元気なおばあちゃんと、比較的頭はしっかりしているものの足腰が弱ってしまったおじいちゃん。

二人に共通の強い思い込みがある。自分よりも相手の方がボケているということ。自分が相手を世話する立場にあり、相手を残して先には逝けないということ。

おばあちゃんが徘徊に出かけようとするところを追いかけて転ぶおじいちゃん。「お前のおかげで、わしはボケてる暇がない」。すると、「じいちゃんがよく転ぶのはヘルパーの食事が原因。栄養が足りんのじゃ!」と自ら料理に挑むおばあちゃん。「焦げたり、塩辛かったり・・・。とても食べられない」とおじいちゃんはそっとゴミ箱へ。

二人の会話には温もりがある。よく聞くと同じ内容の繰り返し。二人とも耳が遠いとあって、まるで噛み合わない。なのに、不思議な心地よさ。ケンカしても後に尾を引かない。ケンカしたことなどすぐに忘れてしまう。

ある日、ヘルパーが訪問したところ、家の中に二人の姿が見当たらず、あわてて捜索が開始された。騒ぎを聞いて集まってきた近所の人たちも捜索に加わる。間もなく、おじいちゃんは近くの道路でへばっているところを、おばあちゃんは隣町で手を振って車を止めようとしているところを発見された。相手が家に居ないと勘違いし、それぞれ心配して探しに出かけたのが事の起こりだったよう。自宅で再会した二人は、抱き合って互いの無事を喜んだ。

そんなこともあり、遠方に住む家族は心配でいたたまれず、幸か不幸かこの二人、そろって高齢者施設へ入居する運びとなった。この素敵なカップルとも間もなくお別れ。私は一抹の寂しさを感じながら、二人の新生活の門出を祝うことにした。

  
 画 植田映一 尾道市向島在住

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