生きる
在宅で15年間お付き合いした患者さんがいる。病名は神経難病のひとつ、筋萎縮性側索硬化症(ALS)。全身の筋肉が萎縮し、徐々に寝たきりに。数年で食事や呼吸もできなくなり、人工呼吸器や胃瘻などの延命処置を施さないと生き続けることができない。
彼は40歳代でこの病気を発症した。「生」と「死」を分ける延命処置の選択。彼は「生きる」ことを選んだ。
しかし、その後しばらく貝が蓋を閉じたような硬い表情が続く。それは生きる辛さとの闘いだった。そんな彼を、家族が、地域の人々が粘り強く支援した。その甲斐もあって、彼は少しずつ笑顔を取り戻していった。
ある日の往診。彼の身体に異変が。顔や腕が赤く腫れて見るからに痛々しい。ムカデの仕業だった。わかっていても払いのけることができず、隣りで寝ている妻に助けを求めることもできず・・・。彼はその一部始終を私たちに面白おかしく教えてくれた。辛いことも笑い話に変えてしまう。彼の強さ、生きる力に圧倒される思いだった。
いい季節には、旅好きの彼と家族、それに私たちスタッフで温泉ツアーに出かけた。島根、高知、淡路、小豆島・・・。人工呼吸を施しながら、数人がかりで大浴場に。大切なところを洗うのが主治医に与えられた貴重な仕事。夜の宴会では胃瘻から少しビールを注ぐ。下戸の彼は真っ赤な顔をして笑い続けた。気付いてみれば、患者としてでなく、人として付き合っていた。
しかし、何といっても彼の一番の支えは妻。喧嘩をしながら、それでも懸命に彼を介護した。彼はことあるごとに「生きてきてよかった」。時間をかけて、少しずつ、生きる辛さを喜びに変えていったのだと思う。
私たちは彼から「生きる」ことの尊さを教わった。あの世にいる彼に、いまあらためて感謝。
このたび、人生の最終章を懸命に生きる在宅患者さんを10話の「往診日記」として紹介させていただきました。お読みいただきありがとうございました。
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