「役に立ててうれしい」
彼女が進行がんと診断されたのは約半年前のこと。還暦を前に、家庭では主婦として、職場では管理職として、これまでの人生で一番忙しく立ち回っているところだった。
「なぜ、自分なの・・・」。それが正直な気持ち。病院で抗がん剤治療を勧められたものの、とてもその気にはなれなかった。
彼女は民間療法を頼った。人がいいというものはすべて試した。しかし、がんは全身の骨に転移し、やがて車椅子の生活に。痛みも強くなり、家から外に出ることができなくなった。途方に暮れた彼女から、私のところに往診の依頼があった。
やせ細った彼女に夫が寄り添う。慣れない手つきでトイレの介助。無愛想な夫がこんなことまでしてくれるとは・・・。恥ずかしさとうれしさに身が震えた。
家を飛び出したまま何年も連絡のなかったひとり息子。週に1回東京から帰ってくれるようになった。一晩中母親のマッサージをして、次の日の朝一番で東京へ。こんな病気にならなかったらずっと気付かずにいたであろう息子の優しさ、そして成長。
これまでただただ憎かったこの病気が、いまでは愛おしく感じられるようになったという。「がんをやっつける抗がん剤はもういらない。生きている間、がんと仲良くしていたい。だから痛みだけを取ってください」。もう彼女に迷いはなかった。大粒の涙とともに笑顔が戻ってきた。
今、彼女は週1回通所施設でリハビリに励んでいる。「まわりは認知症のおじいちゃん、おばあちゃんばかり」と戸惑いながら、「ピアノを弾くとみんな喜んでくれる」とリハビリの合間にボランティアも。
「役に立ててうれしい」。彼女のすてきな笑顔が一日でも長く続くことを願う。
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