在宅医療専門

写真

往診先の患者さんの部屋で、私たちはいろんな写真に出会う。家族や友人と旅先で撮ったスナップ写真、パートナーとのツーショット、孫の入学写真、スターのブロマイドなどなど。どれも人生の大切なひとこまであり、そこに写っているのは患者さんにとってかけがえのない人たちばかり。

とりわけ、家族写真は♂♀で表示される味気ない家族構成図より、はるかに多くの生きた情報を私たちに伝えてくれる。

大正生まれのNさん。笑うと顔のしわが何とも愛らしいおばあちゃんだ。今日は昔話に花が咲いた。「若い頃のNさんを見てみたい」。私のリクエストに、彼女は古い箪笥の引き出しから大切そうに1枚の写真を取り出した。セピア色のその写真には、桜の木の下に4人の男女の姿。失礼ながら「このひとが目の前にいる女性?」と疑ってしまうほど美しい乙女と、学生服を着た清々しい二人の青年、そして母親らしき和服の女性が並んで写っていた。

Nさんが写真を指でなぞりながら話してくれた。「母は女手ひとつで私たちを育ててくれました。親孝行をしたいのに、私の体がこんなになってしまって・・・」。「その横が私の兄。外国で軍医をしています。元気でいるか心配です」。もちろん、90歳を超えるNさんの母や兄はすでにこの世にいない。認知症を患い、おそらく何十年か前で記憶が停止したままの彼女にとって、この写真は永遠に塗り替えられることのない珠玉の1枚といえるだろう。

兄の横に、涼しげな笑顔をした背の高い男性がいた。Nさんは「兄の友達で・・・」と言ったところで顔を赤らめた。

若き日のNさんの美しさにしばしうっとりしながら、彼女の遠い昔の青春に思いを馳せた。