菓子パンが大好きな患者さんがいる。放っておくと1日に10個でも食べてしまう。パンが命のおばあちゃんだ。数年前、夫に先立たれ一人暮らし。身体が不自由で歩くことができず、ほぼ終日ベッドの上で過ごす。
ある日、彼女の自宅に往診に行くと、全身に擦り傷を負い痛々しい。何があったのか尋ねても、ニコニコするばかりで答えようとしない。私はパンが関係していると直感した。
診察の後、同行したケアマネが事情を明かしてくれた。菓子パンは、普段彼女の枕元で大切に保管され、古くなるとヘルパーが処分することになっている。前夜、賞味期限切れのパンを「袋ごと捨てられては大変」と思った彼女は、朝までに安全な場所に移動しようと計画。仏壇の後ろの狭いスペースに狙いを定めた。時間をかけて、這いながら、何とか仏壇までたどり着いた。裏に回ろうとした時、アクシデントが起こった。仏壇と壁の間にすっぽり身体が挟まり、前にも後ろにも身動きがとれなくなってしまったのだ。それでも動こうとすると、あちらこちらに傷ができる。観念して上を見上げたら、夫の遺影が目に入った。いつもは微笑みかけてくれる夫の顔が、その時は叱っているように見えたという。翌朝、パンの袋をしっかり手に握ったまま、動けなくなっているところをヘルパーに発見され、救出された。
「仏さまに合わせる顔がない」と恥らいがちに彼女。そのあどけない表情は、まるで母親に悪戯を注意された少女のようだ。しばらくパンは彼女の手の届かない高い棚に保管され、その日の分だけ(おそらく1個?)ヘルパーから配給されることに。彼女にとってはやや厳しい「仏さまの裁き」となったようだ。
画 植田映一 尾道市向島在住
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